74 Lab

Labの研究内容のヒント・・・

夏休み、最終回、あだち充

物語の最終回が苦手です。
年をとったからかと思いましたが、
よく考えたら昔からです。
特にマンガが多いんですが。
 
思い出すのは幼稚園のころ
楽しみに見ていた「いなかっぺ大将」のアニメが
終わったとき、とても胸がつまって
どうしようもなかったことがありました。
泣けばいいのかなんなのかよくわからず
ただ苦しくて困ったのでした。
 
高校生のころ「めぞん一刻」の漫画が終わって
その晩眠れなくなってしまいました。
寝つきの良い私にはとても珍しいことです。
なんか、今まで積み重ねてきたものを思い返すような
エンディングがとてもぐっときてしまうようです。
とてもバカバカしい話が多かった前半が
かえってその気分を増幅します。
 
社会人になってたまたま借りてきた
猟奇的な彼女」の映画でも
なんとも苦しくなってしまいました。
内容は覚えていないのですが・・・
生きているうちのある判断で
永遠に会えなくなってしまうことの寂しさ
みたいなことを感じたような気がします。
 
普段はそれほど感傷的なわけでもないんですが。
卒業式とか悲しくなかったですし。
 
しかし例がなんとも恥ずかしいものばかり。
 
〜〜〜〜〜
 
この間メディア芸術祭の展示にいったとき
マンガ部門のネームや下書きを見て
紙にキャラクターとセリフを描くと
突然世界が立ち上がる、ということに
今更気付いたわけですが、
 
最終回の苦手さはその世界が終わる、
ということからくる喪失感みたいなもので、
よくいう〜〜ロスというようなことかもしれません。
そして、
なにもかもいつかは終わる、とうことを思い出す
からなような感じです。
もっと色々ありそうですが。
 
〜〜〜〜〜
 
ちょっと話が変わりますが
 
夏休みになるとどうも気分が落ち込みます。
思えば十数年前にひどい時がありましたが
可能性がないと感じるような、
閉塞感とでもいいましょうか。
いや、仕事を頼りに過ごしてるので
なくなった喪失感だったりして。
 
 
・・・そんなとき
最終回的なものにあたろうものなら
やばいのです。
 
〜〜〜〜〜
 
昔からあだち充が大好きというか
初めて買ったマンガがタッチで、
その後ほとんどの単行本をかき集めて、
なんども何度も読み、
それしか漫画を持っていなかった時代が
あるような、特別な漫画家です。
 
その後
大学生のころちょっと周辺の環境を変えたくて
一気に漫画の整理をしてすべて手放したのでしたが、
社会人になってからまた買い始め、でも
またちょっとしたきっかけで買わなくなったり
しておりました。
 
〜〜〜〜〜
 
ここまで前置きです!
 
先日(2018年8月)
あだち充本」が出ていたので買ってきました。
それを見ていると、様々な最終回や
読んでいたころの自分を思い出して
なんとも切ないような気分になっております。
 
疲れた夏休みに
昔さんざん入り込んだマンガの
最終回的なこと、キャラクターや作者の分岐点。
 
やばい。
 
普段は、苦しいのでこの感情には
あまり深く入り込まないようにしているのですが
この悲しさに向き合ってみるのも
実は面白いのではないかと、つらつら書いてみました。
 
怖いけれど、あらためて読んでみようかしら。

メディア芸術祭2018 @国立新美術館

 
これ、無料なのですね。
一度行ってみようと、
いわゆるメディアアートを見たくて行きましたが
意外とマンガにぐっときました。
しかし、一つも知っている作品がないというのは
あまりにチェックしなさすぎか。
 
あ、あと色々な会場で
映像作品とかカンファレンスとか
あったようで、ちゃんとチェックすっrばよかった。
後悔ばかり。いや、いいんですけど。
〜〜〜
ネームとか原画とか見ていると
白い紙に線を引いただけで
生命が立ち上がるのがふと見えて
おーっと思いました。
 
当たり前かもしれませんが
すごく感じたのです。
〜〜〜
あと、線がきれい。
マンガの間に挟まるであろう
エッセイ的ページのモノの解説の
ちょっとした線がすげー。
綺麗だし、空間とか雰囲気まで入っている。
私も少し描ける気になっていたのは
甘いなとつくづく思いました。
〜〜〜
アニメーションの中で
妙に印象的だったのは
の絵コンテがすげーきれいだったこと
あれ、真面目に一枚もかけないや。
〜〜〜
そのあと、
これも古くからあるメディアだなと
おとなりでやっていた
書道展を覗いてみたのですが
淡々と同じサイズの作品が並ぶのに驚きました
 
どういう団体の
どういう展示だったのでしょう。
1000点くらいあったんじゃなかろうか。
誰が誰に見せるためのものなのでしょうか。
お教室の発表会にしては大掛かりですし。
 
人に見せるのはどういうことかと
考えさせられました。
調べればわかるのでしょうがまたあとで。

イノベーションのジレンマ読みました

私の思いつきは
今の職場では
求められるものではないな
とよく思っていたのですが
 
この本の内容には
なぜそんな感じがするのか
1つの答えがあります。
 
少し物差しを変えたらどうかとか
新しいことをするのはアプローチを変えようとか
思いつくのですが
 
プロセスと
価値基準が
その企業なのですから
それを変える
選択はされないのです。
 
 やる気がないんじゃなくて
その方向にやる気があるのです。
それを守るのが仕事の条件ですから
何か矛盾してしまいます。
 
送り出している商品が
魅力的なうちは
その中で過ごすのも楽しいのですが
そうでなければ
二重に苦しい。
 
もう、随分前の本で
名前は知っていたのですが
やっと読みました。
遅いようですが
今読んだから腑に落ちた
部分も多いでしょう。
 
細かい事例はよくわからず
読み飛ばしたところもあるので
また読んでみたいと思います。

アート×テクノロジーの時代

読みました。(ばっかり)
 
最近「あー面白いなー、すごいなー」と思うことは
メディアアートでくくれるのか、と今更 気づいた
 とつぶやいたことがありましたが
 
それに近い人たち
チームラボ
ライゾマティクス
タクラム
寒川裕人
について書いた本で、これは読まねばと。
 
・見たことあるものも
「あ、そういうことだったのか」
とわかること多し。
全体的には私にとって良いまとめの本でした。
 
・寒川さんは恥ずかしながら知りませんでした。
もう少し詳しく知らないと解釈しきれない内容でしたが
なんだか今ぼんやりイライラしてることを
新しい解釈で進もうとしてる感じがして興味が湧きました。
調べねば。
 
自分なりの解釈で色々行動せねば。
毎日ねばねばしている。
 
〜〜〜〜〜
 
・どうでも良いですが
車関係の単語の使い方は少し違和感あるものあり。
1:ラップタイムを「周回記録」と表現しているところがありましたが
サーキットにおけるラップタイムは「1周に要した時間」なことが通常。
(競馬やマラソンなど、区間タイムなこともありますね)
上記はそうは取れない単語な感じがします。
別の意味で 「周回数記録」は走行時間が決まった中で記録を競う
 耐久レースであったりしますがそれでもなく。
 
2:マクラーレンホンダMP4/5をセナの「愛車」と表現していますが
あまりレーシングマシンをそうは呼ばない気がします。
もう少し道具やマシン感が強いのかしら。愛機とは言うかな・・・。
 
でも通常、愛するのとは違いますよね。信頼はしても。とか。
自分で選んだり作ったりするわけではないのもあるかしら。
 
3:トヨタのLFAスパイダーを
「コンパチブル」と書いていますが車では
コンバーチブル」という時が多いかなと思います。
 
細かな分野の慣習って色々ありますね。

世界ハッカースペースガイド

読みました。
紙の本で買ってみました。
メイカーズのエコシステム
ハードウェアのシリコンバレー深圳に学ぶ
kindleだったのですが。
 
すげーワクワクする。
自分ももっと作りたいなーとジリジリする。
 
そうか
活動と発表で
同じ趣味や考えの仲間を増やすと
嬉しい状態につながるのだな
 
人と関わるのが苦手な私も
これならいけそうな気がする。
 
つーか仕事中は話せるのだ。
いい製品作ろうって意識は一緒だから。
 
そういうことだ。

世界のエリートはなぜ「美意識」を鍛えるのか?

読みました。
 
デザインの仕事をしていると
価値を、この本で言う
サイエンスやクラフトで語らなければならない
そうでないと説得できないが
でもどうしても無理があると
ずーっと苦しんでいました。
 
また、デザインではない部署で2年ほど
面白いことを見つけては
トップにレポートする仕事をしていましたが
 
論理が通るようにまとめると
どうしても最初の面白さが
削がれてしまうことを何度も経験し
 
全体の中の数カ所は
筋が飛んでいるところがあってもいい
のではないか、いやそうに違いない!
と思うようになり
 
最後のレポートは
その方針でまとめました。
 
本の内容は読んでいただくとして
そのようなことを思い出し
説明する言葉をもらった気がします。
 
・・・でも言語化できるということは
アートじゃないのか?
いや、アートは言語化できないところにある
という言語化はありか。
 
そして
システムの外から改革を叫んでもうまくいかない
というのはとても耳の痛い話で
よく考えて実行しようと思います。
 
 
教育の話で内田樹さんも言っていた気がするし
正しいことをしたければ偉くなれ
だったか、踊る第捜査線のセリフも
そういう意味かもしれません。
 
私がすごいなーと思う人も
自分のいる業界を否定しない気がします。
 
デザインて面白いよな。
でも、使う場所は変えてみたい。
 
もう一つ。
新しいことをするとき基準を内部化しなければいけない
というのは、実は何度も失敗していて
これも耳の痛い話です。

D&DEPARTMENTに学んだ、人が集まる「伝える店」のつくり方

この人も実行している。
初めてナガオカさんの本を読んだとき
ちょうど中古品を活用できないか考えていた。
非破壊検査が必要かなーとかくだらないことを。
買ったその足で、「読む前に店に来て」と書いてあったので
探して行ったのだった。
何年前だろう??
8〜9年前かな?
 
それからこの本まで
3〜4年
その後もどんどんやっている。
 
どういうひとが
どういうものがほしくて
どんないべんとならくるか
 
実感として持ちたい。
やらなきゃ。
 
そればっか。
やります。