74 Lab

Labの研究内容のヒント・・・

「勝率2割の仕事論」岡康道

アンテナが低くて範囲が狭いわたしでも
の名前は昔から知っていた。
わたしが社会人になって少し経った頃話題になっていて
格好いいなーとなんとなく思っていた。
 
しばらく忘れていた。
今でも活躍していて
あれもこれもTUGBOATなのか!
と驚いた。
 
人が動くときの本質を考えること
ということは、嘘やごまかしはしないということ。
でも、プレゼンで落ちる(コンペで負ける)
しかし、そこで通じ合った企業とは長く付き合える。
 
判断はクオリティを上がるかどうか。
強い広告。
 
長く強く活躍している人は
自分の業界を否定しない。
きちんと真摯に取り組んで
俯瞰しつつも
ものすごい解像度で仕事をする。
 
勝ち負けではなく
そのレベルを高くすることを意識する
そんな感じがします。
 
羽生
梅原
???
 
わたしは自分のいるところを
否定してばかりかな・・・。

「わたしのかたち」中村佑介

ひねくれずに言うとこういう絵は好きな系統です。
 
それに沿っていて、対談相手がいい・・・。
山本直樹江口寿史との女性の絵についての話とか
わたせせいぞう林静一もわたしとしてはとてもわかる相手ですし
 
同級生との対談も
絵を研究していた時代とかライバル感とか
漫画とイラストレーターの立場とか
 
あ、そうだ、あだち充を研究してる感じも。
最近の絵がやはり今時の女の子を描いてるってのは
わたしも感じてた!て嬉しくなったり
 
和田誠ももちろんいいですし
 
〜〜〜〜〜
 
そうだ、わたしと関わりがなかったのは
あのシールはとても気合いが入って書かれてた話は
新鮮でした。
 
そしてアジカン
わたしはほとんど聞いたことがありません。
 
この二つはこれから
よく見て聞いてみなければと思っています。
 
〜〜〜〜〜
 
なんにせよ
みんな真摯に活動していて
わたしも素直にがんばろう、という本でした。

「なぜ働くのか」と「なぜ弱さを見せあえる組織が強いのか」

 
両方、私の気分多少が不安定だったので
かなり飛ばし読みをしてしまったのですが
 (不安定だからこそこんな本に手を出すのかもです)
何か共通するところがあるように思います。
 
「なぜ働くのか」では
発明はこの世界の仕組みを解き明かす
発見は発見された事実を用いて新たな物や方法を生み出し世界に変化をもたらす
発見はあるべきかどうかは問われない
発明は倫理的な問題が問われる
自然科学における発見と発明は大抵わかりやすい・・・がどちらとも言い難い物がある
 
そして人間の本質についての概念は・・・発明であるときが多いように思うと。
例えば
人間とはなまけたがるものである
 
とかいう概念が発明されると、無意識に影響されて
世の中がそうなってしまう。
無意識が故に影響されているのに気がつくのが難しい
その概念に沿って規則や褒賞をつくるとますます人間はその方向にいくと。
 
でもそれは、発明であって
変えられない発見ではないのではないか。
 
人間はその概念によって変化するということは
 
こうなりたいという方向のアイディアを出すことで
人間は、社会は良い方向に変化していく。
 
アイディアで人間は変わる。
そうすると働くのが楽しくなる
 
と。
もっとわかりやすい実例をもとに書かれてました。
 
「なぜ弱さを見せあえる組織が強いのか」
これはもう、ほんとに飛ばし読みでこんなこと書くのは心苦しいですが
 
「人間は大人になっても成長する」
という調査結果があって
成長することを前提に動いている組織はとてもいいよ
という内容だと思います。
 
人は仕事場で
弱みを隠蔽するのに半分くらいの時間を使っているのでは
という言葉に惹かれて読み出しました。
 
自己防衛からくる行動にとても迷惑していることが多いですし
自分もどうも格好付けすぎないようにしないと変な行動に出てしまうな
と思っていたので。
 
どうも心がちくちくする内容でした。
 
〜〜〜〜〜
 
いずれにせよ、
人は人の捉え方の概念で変化する。
概念について良いアイディアを出し実行せよ
 
という内容かと。
 
そして、あまり良くない概念は
人はどうしても即物的な方向に弱いと思い込むこと。
 
ちょっとずれるが
即物的なことを目的にして直接狙いにいくと
どうも幸せにつながらないというのは
ずいぶん前から思っている。
即物的というより数値に置き換えたものか。
抽象度が高くて、それさえ達成すれば良いのではないもの。
お金とか台数とか計測結果とか。
 
すごいなーと思う人は
目的がその業界での勝ち負けや数字ではなく
でも、とても明快で解像度が高い状態でストイックなのですが
 
その状態はなんなのか・・・
 
最近濱口秀司さんと糸井重里さんの対談で
「道」というカルチャー
というくだりがあって
 
あああ。と思ったのです。
「道」か・・・
 
剣道をやっていたことがあるのですが
勝ち負けだけでなくそれを極めようとすることで別のことを掴む
という感覚、そのつもりでやればいいのかもと。
私の剣道はそこまで行ってなくて
スポーツとして面白がっていた部分がありますが。
 
そして・・・
父が「デザイン道」などと言っていたのですよ、これが。
も・・・もどってきてしまったような。
 
「道」と捉えることで
人間が成長するとかいうこと?・・・かな?
 
難しいことを言わなくても
私がいて、世界とつながっている感覚があればいいのかもしれませんが。

「街を変える小さな店」

Book Market 2017に行って買いました。
ミシマ社のTwitterで知って出かけたのですが
軍資金をあっという間に使い切って
ミシマ社では買い物できずに帰ってきたのです。
 
その寸前に「ちゃぶ台3」を買っていたからもあったのですが。
ちゃぶ台3で印象に残った記事はいくつもあったのですが
その中の一つが「地元的なるもの」でした。
 
住んでるところが近いからと理由のつながりが少なくなって
勤めてる会社が一緒というのも薄くなって感じ
価値観的なものがつながる理由になってるなーと
 
ぼんやりと考えていたところにはまった内容でした。
具体的にはこういうことなのか、と。
 
街を変える小さな店
は題名だけで買ったのですが
読み終わって、あ、と本棚にちゃぶ台を取りにいったら
同じひとでした。
堀部篤史さん。
本が出て2年後に独立したのですね。
 
話が繋がっていてよくわかります。
もう一度、二度、セットで読まなくちゃ。
 
そして工業デザインというか
モノを作るにあたっても
腹に落ちる文化圏でつくってみたいと思います。
 
それが何かはよくわからんのですが。
 
告白しますと
読み始めに
なんか楽しそうそうだから
今度京都に行ったときには
出町柳とか一乗寺に行かなくちゃ
と思った自分が恥ずかしいのでありました。

「明日クビになっても大丈夫!」ヨッピー

ヨッピーさんの記事を意識して読んだことはないのです。
でもなんだか気になって買いました。
kindleはこういう本を読むのにいいです。
 
社会人になると同時に
「明日から仕事がない」
とかいう本を読んだ私。
それは、どちらかというとというレベルではなく
ノウハウ本で
具体的にどんなことをする必要があって
どんな救済手段があるかみたいな
本というより雑誌というかムックみたいなものでした。
ええ、昔から気になります。
 
さてこのブログ的なものを始めたのも
なんか変えたいなーということなので
こんな本を読む気分なのでしょう。
〜〜〜〜〜
なんでサラリーマンをやってると辛いのかが
少しわかった気がします。
 
ヨッピーさんの言う
カネより読者
という姿勢は別にきれいごとじゃなくって
よくわかります。きっとそうです。
以前読んだ、ちきりんさんの文章を読んでいても
似たようなことが伝わってきます。
 
大きな会社の会社員の場合
おそらく、お客さんより、デザインの哲学より、世の中の動向より
上司とか会社内の周辺の人、にならざるを得ないような気がします。
それもその人の機嫌とか?
いわゆる年功序列だとなにやっても
給料にもなかなか反映されないし、
カネですらないような妙な状態に。
それも、じわーっと効いてきます。なんか辛い。
 
その妙な利害関係は
もっとじわーっと会社全体に効いて結局船自体がダメになるかも。
ですから、せめて作り出しているものがいいなと思えていないと辛い。
〜〜〜〜〜
 
面白かった内容はいろいろありますが
知りたい人は読んでいただくとして、
思ったこと。
 
ヨッピーさんはライターです。
ライターは
「生産する趣味」に「書くこと」でしています。
でもそれってとってもレッドオーシャンなんじゃないか、とか思います。
私が少しイラストが描けてもそれもとっても上手い人がわんさかいます。
文章も絵もあんまりそれで稼げそうな気がしないのです。
 
でも
 
「ジャンル」×「手段」
 
の問題という見方ができるのかもしれません。そして「手段」はあまり種類が多くはないのです。
ここで言う「手段」は、世の中に伝える、認識してもらうための「手段」になります。
それは元々そんなに多くないのです。
文章や画像や映像になるに決まっているではないですか。
そこの大枠で特殊性をださなくちゃ、と思っていると行動が進まないのは当たり前か、と。
 
そこにオリジナリティーがあったらいいけど
まずは「ジャンル」が特殊でニーズがあるなら価値があると。
表現したものにお金を払ってくれるかもしれない。
 
そして、ここでの「手段」は「伝えるため」なのですよね。
世の中には「伝える」仕事ではないほうが多いかもしれません。
 
ここで「ジャンル」と呼んだものはそっち側の話かと。
選んだ「ジャンル」の研究(仮説を立てて、試して、ノウハウを身につける)をきちんとして
使えるようになっていれば、「ジャンル」そのもので稼ぐことにつながるかもしれません。
となるのではないでしょうか。そちらの幅はそれなりに広い。
 
でもいきなりそちら側が仕事になることはありません。世の中が知らないのですから。
「仕事」にするには伝えることから。「伝えること」が仕事になるかもしれないし
「伝えたこと」が仕事になるかもしれない、と思うと動けそうな気がします。
 
・・・伝わるか微妙な文章だ・・・
これじゃ「手段」としていけませんね。
書くのは別に苦にならないんですけども。
あ、この文章の「ジャンル」は「自分語り」的なものか。
ありふれててニーズないなー
 
そのうち内容のあるものを描きますです。

「遥かなる他者のためのデザイン」久保田晃弘

ふと気がついたら
久保田晃弘さんの関わった本がいくつか本棚にある。
その一つををやっと読み終わった。
正直わたしにとっては難しいし
結構分厚い。時間を食った。
 
以前、3331アーツ千代田に行った時に目に止まって
私にとっては高価だったけど
なんか読んでおかなければならないような気がして買った。
 
工業デザインに対する視点を変えようと思っている今
それが詰まっているように見えたからだ。
 
それは正解だったと思う。
けど理解できなかったところが多いので
以下整理のつかない独り言的メモが続きます。
 
〜〜〜〜〜
 
最初の文章が20年前あたりで
私が社会人になったころだった。
 
最近、「人間中心」じゃないアプローチがいるのだな
と幾つかの本や情報から思ったのだけど
 
もうそのころから
こうしたアプローチをしていたのだ。
 
私がデザイナーの端くれになったときには
始まっていたのか。
 
機械中心・・・シカゴ万博 1935年
人間中心・・・1990年代?
そして今、脱中心だそうだ。
 
今の仕事場は、正直、機械中心のままだ。
人間中心にと言われ始めたところだ。
(それでも本当には移行できてない。
話をしているとどうしても機械に戻る。)
 
それももう、ちょっと視点を変えたい時期なのだ。
私が今面白いなと思う人が何人も言い方を変えて
 同じことを言っている気がする。
 は〜・・・。
 
〜〜〜〜〜
デザインとは
複雑な事象を
人間が理解できるレベルまで
抽象化することだったけど
 
今ならもっとそのまま扱えるかもしれないし
 
人間中心であったとしても
そのままを限界だと思わずに
人間の可能性を信じたもの。
 
人間の能力を数値化して
その中に収める
柔軟性や創造性を無視した
捉え方ではないのであればアリかもしれない。
 
〜〜〜〜〜
 
他人事じゃなくて
いくつかトライしてみよう。
3つほど思いついたことがあるけど
まだ書かない。

「サピエンス全史」

あるイベントでブックコーディネーターの幅 允孝
さんが紹介してたので
 
ビジネスマンの間で売れてるらしくて
上下巻とボリュームがあって
普段なら手を出さないところだけど
 
 読んでみた。
 
思い込みを解除されることしばしば。
 
世の中の、歴史の
様々なことが
ホモサピエンス共同の
イメージで出来ていて
共有しているから
世の中がある。
 
それゆえに
大きなことが出来る。
その中にいて
それを客観視するのは難しいけど
イメージだけなので
変えられないこともないのだ。
 
この本のいう
「神話」を信じる力が強いと
ちょっと窮屈な感じがする。
上層下層とか
何兆円企業とか。
どこの国の人だとか。
 
デザインもイメージの問題が大きい。
 詐欺のようでもあるけど
ホモサピエンスの持つ
能力というか、癖なんだから
活かして過ごせたらいいのか
 
はっとさせられて
なるほどと
通勤中に読みながら
またも、ニヤニヤ、ニコニコ
してしまった本でした。