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「スバルをデザインするということ」

難波治さんの本を読んだ。

スバルをデザインするということ Motor Fan illustrated特別編集 | 難波 治 | 産業研究 | Kindleストア | Amazon

 
・スズキからフリーランスそしてスバルのデザイン部長へ。
  そんなこともあるのか・・・
・その会社を良く知ること・・・スバルの6連星(星座は7つ)の話はいいなあ。
・商品の負のスパイラル・・・みんな人の所為にしちゃいますよね。
・ブランド構築時の我慢と攻め・・・いやあ、これは沢山の経営者に
   知ってほしいけど、知っていても判断が難しいのかなあ。
・群れに入れる・・・一般的に好感の持てるプロポーションの範囲に
 入れるということ・・・説得力があるけど諸刃の剣なのですね。
・引き算のデザイン・・・日本的の考え方
・デザインキー・記号性の決め方
・組織運営とデザイナーの育成
  脂ののった年齢の時には管理職
  得意な段階が人によって違う・・・この2つは難しいですねえ。
・自動車文化・・・ルイ・ヴィトン・コンコルソ・エレガンテ
  遠い世界もあるのですね。
 
などの話が興味深く、そこから伝わってくる
きちんと捉えて
バランスよく
手持ちの条件で
仕事をした感じはハッタリみたいなものが少なく
でも結果を出していて格好良い。
そしてそれでも、半分は「これでよかったのか?」
と考えているのも。
 
しかし、最近クルマに興味がなくなっているのもあるが
正直その当時(2009年とか2013年)の
ショーカーを見てもなんとも思わなかった
自分の感性?にはがっかりです。
 
身近な女性がスバルいいって言うんすよね。
おそらくAWDなどスバルの良さを表現した
しっかりした骨格を感じていると思われる感想を言いつつ。

パワハラという視点と似たもの

「街場の共同体論」に
家族の中の「お父さん」のポジションは
みんなで引き摺り下ろしてきたのだ
という意味のことが書いてあったと思いますが
 
「お父さん」であるだけで偉い、決定権がある
というのは根拠ないじゃない?
 
でも実力でそのポジションにいるというのは
ほとんどの「お父さん」は無理です。
 
「先生」であるだけで偉くはないでしょ
となって、おまけに
叩いてはだめ
 となると
言うことを聞く理由が希薄になってるのも似ています。
 
そして、
 
パワハラ」とかいうことを声高に言うと
上司だからって偉いわけじゃないでしょ
とセットになって
 
「お父さん」や「先生」
と同じに
管理職が昔より
 大変なことになりますね。
 
本当に全ての部下より全ての能力で優れているから
そのポジションにいる人しか認められなくなったら
これまたほとんどの人が無理です。
 
パワハラ」という視点は
いろいろなことの上下関係をなくす動きの
一部なのかな?と思いついたのでした。
 
「お父さん」や「先生」や「管理職」を
全部役割として、おいておくのは
知恵でもあったのでしょうが、
 次の仕組みがいるのでしょうね。
上下じゃなくってネットワークな世の中ですもの。
 
あ、相対化って繋がりの見方が
ピラミッドや樹形図じゃなくて 網ってことか?

ぶつかれ!

損失回避バイアス
大活躍している人には少ないらしい。
場数、打席に立った数が異様に多いと。
 
ダイアローグ イン ザ ダーク
に行ったとき
 
自分の手に触れたことと
聞こえたことしか
情報がないこと。
 
すでに他の場所にいる人に聞いて
頭の中に世界を構築する感じは
生きてることそのものだな
 
と思ったことがあるけど
 
そのときに
ぶつかろうとなんだろうと
どんどん進んでみると
世界がもっと早く掴めたかもしれない。
 
怖いからって動かないと
なんもわからないわけで
 
どんどん場数をこなす
(そして頭に仮説を構築しつつ)
のは
そうしないと世界の広さがわからないから
試すんだなとか思いました。
 
それをした人は
なにか成し遂げているのでしょう。

作業場が欲しいなあ

「作業場がほしいなあ」

というと
「なにすんの?」
と笑われる。
心外だ。
 
なんかもう、基本というか全てではないか。
しかしそう言われると説明するのが難しい。
 
〜〜〜
 
プロダクトデザインの仕事って
イメージして
それを他の人が理解できるように
表現して
(絵だったりモデルだったり
プロトタイプを作って)
 
それが世の中にあったらいいよね
と思ってもらうこと
 
そのあと
量産するものなら
そこへの移行を
スムーズに、クオリティを保ってする
 
のが仕事
なのかなと思います。
 
それをするのに作業場や設備が必要です。
 
〜〜〜
 
いや、まあ、元々
「イメージして作る」
がしたいだけなんだ。
それがたまたま
職業になっているのだ。
 
イメージしたものが
人の役に立つなら嬉しいことで。
 
〜〜〜
 
会社に勤めているのは
・テーマがある
・設備がある
・仲間がいる
・工場がある
・販売網がある
からだ。
 
自分の範囲で言えば
設備がでかい。
テーマもそうか。いろいろ経験できる。
 
でも今、どれも微妙なのだ。
そうなったら、
設備だけ自分で準備して
なんかやってみられないか
となってるのが
今の状態か?
 
というわけで
作業場が欲しいのです。

デザイナー=芸人?

日経に載ってた立川志らくのコラムを読んで思った。
 
芸人は非生産性の仕事である。
芸人になるのはアウトローの世界に身を崩すということ
芸人にとって大事なことは自身の芸に対する自信と怯え
自信だけでは品がない
 
とのこと。
あ、デザインもこんなくらいでもいいんじゃないか。
世界にいいことをなんて大上段にならなくても。
「生産性を上げる」だけでは面白くならない。
 
私は結構、生産性を妨げるアイディアは嫌いだった。
でもそんなもんじゃないか。
でも心を込めて作る。それで良いのかも。
 
ちょっと脈絡がないけど。

あるもののジャンル名を知った日

昔、漫画をまあまあいっぱい買っていたころ。漫画雑誌は買う習慣がなくて、たまたま引っかかりがあって買っていた漫画達が、あるときジュンク堂の池袋店の漫画コーナーに始めて行って、「サブカル」と書かれた棚に随分まとまっていたのを見たのの微妙なショック。

 
なんかすげーなー。いいなーと思う人たちが今、「メディアアート」とくくれることに気づいたのと似ている。
 
「サブカル」も「メディアアート」も単語は知っていてもあまりピンとこないし、どちらかというとネガティブなイメージだったのも似ている。
 
最先端技術に浮かれる感覚はあまりないような気がしてたが、そうでもないかも。
 
そして30年前までは
最先端技術は車にも使われて意味があったであろう。でも今はきっと違うのだ。

製品(なんと呼ぶか迷うが。商品?モノ?)を作っていくときに 捉えようとすること

世の中に大きく影響を与えた製品、

ヒットした製品で、
ああ、やられた、とかいいなあとか
思うモノに必要な「感じ」
が人それぞれあって、
 
開発中に
それの違いを話し合うならまだ噛み合うのですが
 
そういう概念がない人がたまにいます。
最悪、末端のスタッフなら、いいのですが
決定権を持つ人だととても困ります。
 
その「感じ」自体必要ないというか
存在を感じていないので
説明してもまったく引っかからないのです。
ある製品の進み具合でそれが足りないと言っても
「なにそれ?」「意味がわからない」と鼻で笑います。
 
私としえは開発中に
ささやかなものでも、その「感じ」がつかめたかな?とか
これかな?と思ったらしめたもんです。
そこまでが苦しいけど、そこが考える醍醐味で楽しい。
 
掴んだかな?以降は結構ある意味楽で
(漠然とした苦しさはなくなるので)
ある意味違った意味で苦しい。
(実現するための工夫は地味で、これかな?というのを保つことが)
 
説明してもまったく引っかからない人と関わるのは
どうも時間の無駄のようで
こういう「感じ」が大事なんだよな
と言葉で再認識するのに役立つ。とか思ったのです。
 
「感じ」は
要素が関係なくはなく、並べてみては
 遠目でふわっとつかむようなものかな?