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教養教育と3Dデータ

内田樹の「街場の教育論」の中で

専門教育と教養教育について書いてあるくだりで
乱暴にまとめると)
教養課程は他の言語の分野となんとか繋がるためのものだ
というのが腑に落ちたのです。
 
専門馬鹿から脱出するにはそういうことか。
 
そして私はやる気がしないけど
昔の六芸の中の「射」は今はゴルフだと考えると
なんかやる意味がわかるかななどと考えたりしました。
 
〜〜〜
 
さて、
他分野とつながる話で。
 
工業デザインについて深く掘っても
他分野(部門。工程)には関係ないって状態では
製品のレベルは上がりません。
 
絶対につながんなきゃいけないんだけど
私を含め半端なデザイナー同士で話してると
デザインの中だけで話が回ってしまいます。
 
そしてあまり難しい話でなくても
実作業でどうつながるかと考えた場合
 
他の工程とつながる手段は
 (いっぱいあると思いますが)
ストーリーと
3Dデータが
そうではないかと思うのです。
 
質の高いデザイン(スタイリング)をするのに不可欠ではないので
やらない人もいますし、
組織や工程上重要視されてないときがあるんですが
私は重要視しないといけないと思うのに
理由が説明できなかったのです。
 
他の分野との共通言語になるってことではないでしょうか。
「共通言語」なので
スタイリング(狭く捉えるためにこの単語にしておきます)
を向上するには少し不便に感じるので
あんなもの、という人もいます。
 
でも質の高いスタイリングの目的は
質の高いモノを作るためなんですから
閉じてちゃできませんよねえ。
 
当たり前でしょ
という方の職場はいいんですけど。