読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

パワハラという視点と似たもの

「街場の共同体論」に
家族の中の「お父さん」のポジションは
みんなで引き摺り下ろしてきたのだ
という意味のことが書いてあったと思いますが
 
「お父さん」であるだけで偉い、決定権がある
というのは根拠ないじゃない?
 
でも実力でそのポジションにいるというのは
ほとんどの「お父さん」は無理です。
 
「先生」であるだけで偉くはないでしょ
となって、おまけに
叩いてはだめ
 となると
言うことを聞く理由が希薄になってるのも似ています。
 
そして、
 
パワハラ」とかいうことを声高に言うと
上司だからって偉いわけじゃないでしょ
とセットになって
 
「お父さん」や「先生」
と同じに
管理職が昔より
 大変なことになりますね。
 
本当に全ての部下より全ての能力で優れているから
そのポジションにいる人しか認められなくなったら
これまたほとんどの人が無理です。
 
パワハラ」という視点は
いろいろなことの上下関係をなくす動きの
一部なのかな?と思いついたのでした。
 
「お父さん」や「先生」や「管理職」を
全部役割として、おいておくのは
知恵でもあったのでしょうが、
 次の仕組みがいるのでしょうね。
上下じゃなくってネットワークな世の中ですもの。
 
あ、相対化って繋がりの見方が
ピラミッドや樹形図じゃなくて 網ってことか?